日本のジャズ
日本のジャズその最大の魅力はライブと録音されたものが、現在進行形であることだろう。レコードやCDを聴いて感じたものがあれば、ライブに出向いて今のプレイを聴く事ができ、ミュージシャンとのコミュニケーションもできる。音楽と至近距離で出合える。そのことに尽きると思う。従ってレコードやCDは、ミュージシャンとの出会いのきっかけであり、ライブへの助走であり、終了後の余韻であったりする。
ある時間、純粋に楽しめることも出来ると言ったように、その存在は大きな魅力であるにちがいない。
日本のミュージシャンでまず注目されるのが宮沢昭である。日本が世界に誇るテーナー奏者である、その高い音楽性ゆえミュージシャン達から畏怖された存在だった。その影響力も大きなものがある。残されたアルバムは、どれも貴重なものばかりであるが、ビクターワールドグループ盤「いわな」、遺作「野百合」(CD)が代表作だろう。今後のアルバムに関しては、80年代中頃から90年代前半にかけて小津昌彦が主催した「小津昌彦ジャズプラザ宮沢昭カルテット」は北海度から九州をツアー断続的ではあるがコンサートを約8年間続けて来た。ピアノ弘勢憲二、ベース池田芳夫、ドラムス小津昌彦のメンバーは、宮沢昭の最後のレギュラーカルテ
ットで、その一端はストリングス入りの異色作「ラウンド・ミッドナイト」(キング・パドルホイール)で聴けるが、前記ライブツアーの録音によるアルバム化が望まれるところである。
日本にジャズが入って来たのは大正時代だと言う。勿論ジャズのスタイルとして定着発展したのは、戦後のことだが、日本と言う極めて特殊な(独自な)文化の中でジャズと言う音楽が根付くまでには、様々な紆余曲折を経てきた。初期は、如何に本場のサウンドと似たものを出すかに終始し、勿論そうした模倣の時代でも自己のオリジナリティを育んでいた守安祥太郎、宮沢昭をはじめとしたミュージシャン達も存在していた。
極論すれば、60年代中ごろから80年代にかけて日本のジャズにとっては低迷期だったがそうした中で日本独自の表現による萌芽がみえはじめ90年代に入って日本のジャズが独自に開花したように見える。それは、インディーズでリリースされるアルバム群にその傾向が顕著にみることが出来る。
日本の伝統文化とフューズすることが独自のタイム感覚を追求したり、スタンダードをいままでとは隔絶するものとして再構築するピアニスト、日本人のジャズボーカルとしてオリジナリティを表現することが出来る人。そうした人達以外にも、今までに感じられるないユニークな個性を発揮する才能豊かな若手が多数存在し、今、日本のジャズが本当におもしろい。さらにトリビアルに分け入ってみれば、ジャズ及び隣接する分野で様々な味が楽しめる。
戻る